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第8回 忘れられない看護エピソード

患者さま・ご家族の方へ, 医療関係機関の方へ

 

第8回「忘れられない看護エピソード」3,439 通の応募から、最優秀賞に助産師 松本幸子さんの作品が選ばれました。

 


5月6日に行われた表彰式  前列 右から2人目が松本さんです。

主催:厚生労働省・日本看護協会

写真提供 日本看護協会

 

最優秀賞 「患者さんの鼻くそ」 松本幸子

へその緒。それは、お母さんと赤ちゃんがつながっていた証し。親子の絆。桐の箱に収められ親から子へと贈り伝えられる宝物。

さながら次世代へとつなぐ命のバトン……。

「〇〇ベイビーのへその緒がなくなりました」。朝一番の申し送りでこの言葉を耳にしたのは助産師2年目のときでした。それまでにも何度か同じことがありました。しかし、ゴミ箱やオムツ入れの中を探せば必ず見つかりました。「きっと今回も出てくる」。根拠のない自信を抱きつつ、私たちはいつも通り業務をこなし始めました。「もう一度、病棟内を探し尽くしたけど見つからない」。夜勤者が看護師長に報告しているのを耳にしたとき、「大変なことになった」という思いと同時に、「手を尽くした結果だから仕方がない」と言い訳にも似た思いが複雑に交差しました。病棟全体が「仕方がないムード」に包まれていた午後、帰宅したはずの夜勤者の1人が疲れ切った表情で現れました。

「師長さん、やっぱり見つかりませんでした。すみません」。私は一瞬、状況が飲み込めずにいました。へその緒を諦めきれず、回収業者に連絡をし、ゴミ集積所に1人で出向いて探していたのです。看護師経験30年ぐらいのベテランさんでした。驚きを隠せない私の心を見透かしたように、すかさず師長は言いました。「例えそれが『鼻くそ』であったとしても、患者さんから預かった物は宝物のように大切に扱う。それが私たちの責任。母児、2つの命を扱う助産師の責任はもっと重たいで」と……。

その言葉が意味する、目に見えない重圧に一瞬、言葉を失いました。「助産師を生きる覚悟」を決めた、まさにその瞬間でした。

ことし、助産師18年目を迎えます。「患者さんの鼻くそ」は、事有るごとに私をあるべき方向へと導いてくれました。そして今、その覚悟を次世代へとつないでいきたいと願っています。さながら命のバトンのように……。