乳腺外科

生活スタイルの変化にともない、乳がんになる女性は増加の一途をたどり、現在では日本人女性の11人に1人が生涯のうちに乳がんに罹患します。乳がんは決して治りにくい病気ではなく、早期に発見できれば9割の方が治癒します。 早期発見のためには精度の高い画像診断装置(マンモグラフィと超音波診断装置)、病変を正確に描出できる技師、高い診断能力を有する医師の三つが必要です。 当院の装置、技師、医師はいずれも特定非営利法人 日本乳がん検診精度管理中央機構による認定を受けており、万全の体制で早期乳がんの発見に努めております。

早期乳がんの大半では大きな切除手術が不要で、乳房を残す乳房温存療法や腋のリンパ節を残すセンチネルリンパ節生検が可能です。当科ではマンモグラフィ、超音波検査、CT検査、MRI検査、PET検査などでがんの広がりを詳しく調べた上で、積極的に縮小手術に取り組んでいます。もし、しこりが大きくて乳房を温存できない場合には、まず抗がん剤治療をおこない、しこりを小さくしてから乳房を温存する方法(術前化学療法)を実施しています。どうしても乳房の全摘出が避けられない場合には、乳房の再建手術を提案しています。 最近の乳がん治療では抗がん剤、ホルモン剤、分子標的治療薬による薬物療法の重要性が非常に高まってきています。当科では手術だけでなく術前化学療法や手術後薬物療法を一貫しておこない、再発患者さんに対する薬物療法も担当しています。薬物療法は十分な副作用対策下での外来通院治療を基本とし、患者さんが日常生活を送りながら治療を継続できるよう配慮しております。

取扱い疾患

具体的疾病名・症状
乳がん診療を中心に、乳腺症、乳腺炎、良性乳腺腫瘍など

医師紹介

氏名 補職名 認定資格 専門分野
吉村 吾郎 部長
  • 日本外科学会専門医・指導医
  • 日本乳癌学会乳腺専門医・指導医
  • 日本がん治療認定機構暫定教育医
  • 日本がん治療認定医機構がん治療認定医
  • 検診マンモグラフィ読影認定医(A)
  • 日本臨床腫瘍学会暫定指導医

 

乳腺外科
住吉 一浩 応援医師
  • 日本外科学会専門医
  • 日本乳癌学会乳腺専門医
  • 日本消化器病学会消化器病専門医
  • 日本臨床細胞学会細胞診専門医
  • 日本がん治療認定機構認定医
  • 検診マンモグラフィ読影認定医
乳腺外科
谷野 裕一 応援医師
  • 日本外科学会 認定医・専門医
  • 日本乳癌学会 乳腺専門医・指導医
  • 検診マンモグラフィ読影認定医
  • 日本がん治療認定医機構がん治療認定医
  • 日本臨床腫瘍学会暫定指導医
乳腺外科

治療法・診療実績

主な手術数
乳腺
2019年 2020年 2021年 2022年 2023年
乳がん
乳房温存術式 58 58 70 68 62
乳房切除 60 54 54 54 46
合計 118 112 124 122 108
乳がん手術中
センチネルリンパ節生検 105 85 88 93 88
腋窩リンパ節郭清省略 92 71 77 86 85
術前化学療法 19 12 6 22 15
術前ホルモン療法 4 2
乳房切除中
一次一期再建 3 3 1
一次二期再建 7 2 3 4 2

乳がんの診断

乳がんの診断はまず視触診と各種画像診断(マンモグラフィ検査、超音波検査、MRI検査、PET検査など)をおこない、最終的には細胞診や組織診で確定します。

マンモグラフィ

マンモグラフィとは乳房専用X線撮影のことで、小さなしこりや乳がん初期症状の一つである微細石灰化を写し出して早期発見を可能にします。
マンモグラフィ検査では乳房を二枚の板で圧迫し、平たく引きのばした状態で撮影します。この際に痛みを伴うこともありますが、圧迫はできるだけ少ない放射線被曝で小さながんを見落とさないためにどうしても必要なことなのでご容赦下さい。

図) マンモグラフィの石灰化で発見された早期乳がん。砂粒のような白い斑点が石灰化

図)マンモグラフィの石灰化で発見された早期乳がん。砂粒のような白い斑点が石灰化

超音波検査

乳房に耳では聞こえない音(超音波)をあてて、乳房内部から反射してくる音を画像として表示します。検査は乳房にゼリーを塗り、器具を乳房の上で動かすだけで、マンモグラフィのような放射線被曝や痛みはありません。
マンモグラフィ検査は石灰化を目印として早期がんの発見に威力を発揮しますが、乳腺の発達した30~40歳代の女性の乳がん診断に多少難があります。超音波検査は若年女性の乳がんの診断にも威力を発揮しますが、石灰化を見つけ出すことは通常困難です。マンモグラフィ検査と超音波検査はそれぞれ異なる特性を持っており、がんの見落としを少なくするためには両方の検査を受けていただくことが重要です。

図) 超音波検査で写し出された乳がん

図)超音波検査で写し出された乳がん

MRI検査

MRIは磁気を利用して体の断面を画像化する検査で、造影剤を点滴しながら撮影します。
MRI検査の目的は造影剤の染まり具合でしこりの良悪性を鑑別することと、乳がんの広がりを正確に把握することです。乳房温存手術の適応を決める上で重要な情報を提供します。

図) MRIで写し出された乳がん
マンモグラフィでははっきりしない乳がんが、MRIでは明瞭に写し出されています

図)MRIで写し出された乳がん

PET検査

がん細胞は増殖が盛んなため、正常細胞より多くのエネルギー源(ぶどう糖)を必要とします。PET検査では放射線を付けたぶどう糖を注射し、がん組織に集まったぶどう糖を写し出します。乳がんの診断が確定してから、リンパ節や他の臓器に転移していないかどうかを調べるためにおこないます。

図) PET検査で腋のリンパ節と肝臓への転移がわかった乳がん

PET検査で腋のリンパ節と肝臓への転移がわかった乳がん

細胞診

マンモグラフィ、超音波検査、MRI検査などでがんが疑われる場合には、病変に細い注射針を刺して細胞を吸引し、顕微鏡検査をおこないます(穿刺吸引細胞診)。

組織診

細胞診で診断がつかない時にはより大きな標本を採取して顕微鏡検査をおこなう必要があり、これを組織診といいます。穿刺吸引細胞診より太い針を用いる針生検と、もっと太い針でおこなうマンモトーム生検があり、病状に応じて方法を選択します。しこりを触れず、超音波検査で写らないマンモグラフィの石灰化であればマンモトーム生検が必要です。当科では検診で発見された石灰化に対して積極的にマンモトーム生検をおこない、早期乳がんの発見に努めています。

乳がんの治療

手術

1990年頃までの乳がん手術の原則はできるだけ大きく取るということであり、乳房、筋肉、リンパ節がひとかたまりに切除されていました。その後、大きく切除しても治癒率に影響のないことが明らかにされるとともに、早期乳がん症例が増えてきたため、切除範囲は小さくなってきました。現在の標準的な手術方法は胸筋温存乳房切除手術と乳房温存手術です。

胸筋温存乳房切除手術

大胸筋と小胸筋を残して、乳房全体を摘出する方法です。

図) 左乳がん、乳房切除手術後

図) 乳房切除手術(左乳がん)

乳房温存手術

乳房の一部分を摘出する方法で、手術後に残した乳房に放射線治療が追加されます。乳房温存手術と放射線治療を併せて乳房温存療法と呼ばれます。

図) 右乳がん、乳房温存手術後

図)乳房温存手術(右乳がん)

図) 右乳がん、乳房温存切除手術後

図)右乳がん、乳房温存切除手術後

乳房温存療法は美容的に優れていますが、がんを取り残す危険性があり、すべての乳がんに実施できるわけではありません。通常、下の表に示す方に適応があります。たとえ適応を満たした方でも、温存した乳房にもう一度がんを発病すること(乳房内再発)があります。多くの研究で、手術から10年間に約10%の方で乳房内再発がおこると報告されており、乳房温存を希望する方には乳房内再発の危険性を認識していただく必要があります。

表) 乳房温存療法の適応(標準的な乳房温存療法の実施要項の研究班、2005年3月)

1 腫瘍の大きさ 大きさ3cm以下。良好な整容性が保たれるのであれば4cmまで可
2 年齢 問わない
3 リンパ節転移の程度 問わない
4 乳頭としこりの距離 問わない
5 多発病巣 二個以上の病巣が近くに存在しても、整容性と安全性が保たれるのであれば可
6 乳管内進展の有無 マンモグラフィの広範な石灰化などを認める場合は不可
7 手術後の放射線照射 乳房温存手術後の放射線照射は原則実施

術前薬物療法

しこりが大きいと乳房温存療法の適応はありませんが、手術前に薬物療法をおこなうことでしこりが小さくなり、温存できる場合があります。ホルモン・レセプター陰性乳がんやHER2遺伝子陽性乳がんの方は、通常、手術前に抗がん剤治療(術前化学療法)をおこないます。また、閉経後のホルモン・レセプター陽性乳がんの方は、乳房温存療法を目的とした手術前のホルモン療法(術前ホルモン療法)を選択できます。これら薬物療法により、しこりが小さくなれば、乳房温存療法を安全におこなうことができます。

図) 術前化学療法前後のMRI。4cmの乳がんが1.3cmまで縮小しています

図)術前化学療法前後のMRI

図) 右乳がん、術前化学療法後に乳房温存手術をおこないました

術前化学療法後、乳房温存手術後写真(右乳がん)

乳房切除後の乳房再建

腫瘍の大きさ、拡がり等により乳房切除を選択する場合には、乳房再建手術を提案しています。乳房再建手術には人工乳房手術と自身の組織(筋肉や脂肪組織)を使う手術があります。

1)人工乳房手術

人工乳房手術は二回に分けておこなわれます。最初の手術は、乳房切除と同時に組織拡張器(ティッシュ・エクスパンダー)を大胸筋の下に挿入します。手術の傷が癒えてから、組織拡張器を徐々に膨らませ、皮膚と筋肉を引き延ばします。皮膚と筋肉が十分に伸展した時点で (おおよそ6ヶ月後) 、二回目の手術として人工乳房(シリコン・インプラント)に入れ替えをおこないます。場合によっては、二回目の手術として自身の組織を使う再建をおこなうこともあります。

図) 組織拡張器(ティッシュ・エクスパンダー)

乳房再建手術後

図)左乳房切除、人工乳房による乳房再建手術後

図)左乳房切除後

人工乳房にはさまざまなサイズが用意されていますが、完全オーダーメイドではないので、乳房の形に左右差を生じることがあります。特に、手術をしない方の乳房が下垂していると左右差が強くなります。このような場合、人工乳房入れ替え手術の時に、乳がんのない乳房の下垂を正す手術を追加することがあります。

図) 右乳がんで乳房切除後。右は人工乳房による乳房再建手術、左は乳房縮小手術をおこなった

左乳房切除後、広背筋弁による一期的乳房再建

2)自身の組織を使う手術

胸以外の自身の筋肉や脂肪(自家組織)を胸に移動させて乳房を再建する手術です。使用する自家組織としては広背筋、腹直筋、下腹部の脂肪が良く用いられます。当科では、比較的小ぶりな乳房の方が自家組織再建を希望された場合には、乳房切除と同時に広背筋による乳房再建をおこなっています。

図) 広背筋による乳房再建

図) 左乳房切除、広背筋による乳房再建手術後

腹直筋や下腹部の脂肪を使う場合は、乳房切除時に組織拡張器を挿入しておき、約6ヶ月後に有茎腹直筋皮弁法、遊離腹直筋皮弁法、深下腹壁穿通枝皮弁法などで再建手術をおこないます。

リンパ節に対する手術 腋窩リンパ節郭清とセンチネルリンパ節生検

乳がんの多くは進行すると腋のリンパ節(腋窩リンパ節)に転移します。手術前にリンパ節転移があるかどうかを正確に診断することは困難なため、これまでの乳がん手術では腋窩リンパ節をすべて取り除くこと(腋窩リンパ節郭清)が標準的な方法でした。

図) 腋窩リンパ節

図)腋窩リンパ節

腋窩リンパ節郭清後には腕のしびれ、痛み、腫れ(リンパ浮腫)といった合併症がしばしば発生します。また、早期乳がんでは大半の方にリンパ節転移はなく、本来このような方にとって腋窩リンパ節郭清は不必要な手術です。

図) 乳がん術後の右腕リンパ浮腫

図)乳がん術後の右腕リンパ浮腫

現在、手術前に腋窩リンパ節への転移がないと予想されれば、腋窩リンパ節郭清ではなく、センチネルリンパ節生検が選択されます。腫瘍から最初のリンパの流れを受けるリンパ節がセンチネルリンパ節であり、このリンパ節だけを取り出してがんの転移を調べることをセンチネルリンパ節生検と呼びます。これまでの臨床試験で、センチネルリンパ節に転移がなければ、非常に高い確率でその他のリンパ節に転移のないことが確認されており、腋窩リンパ節郭清の省略が可能となります。センチネルリンパ節生検ではリンパ浮腫などの合併症はほとんどおこりません。

図) センチネルリンパ節

図)センチネルリンパ節

図) センチネルリンパ節生検の実際、色素(ICG)で蛍光を発するリンパ管

センチネルリンパ節生検の実際、色素(ICG)で蛍光を発するリンパ管

図) センチネルリンパ節生検の実際、色素(インジゴカルミン)で青く染まったリンパ管

図)センチネルリンパ節生検の実際

手術後の薬物療法

乳房のがんは手術や放射線治療で取り除くことができます。しかし、乳がんと診断された時点ですでに全身へ微小ながん細胞がひろがっている方がいます。このがん細胞が数年の経過で大きくなり、「転移(再発)」となるわけです。

手術後に微小がん細胞を根絶やしにして再発を予防するためにおこなわれるのが術後薬物療法であり、具体的には抗がん剤治療(化学療法)とホルモン療法があります。化学療法やホルモン療法にはいろいろな種類があり、それぞれの病状に応じて薬剤の選択がおこなわれます。当科では乳癌学会の診療ガイドラインや世界的なガイドライン(ザンクト・ガレン国際会議勧告やNCCNガイドライン)に準じた治療方法を提案し、十分な説明と同意の上で実施しています。